公開日2022年11月20日
2022年10月27日に440億ドルでTwitterを買収したイーロン・マスクは、わずか三週間のうちに数々の急進的な経営判断を下し、その判断は常識では考えられないような破壊的なものだったために、世界はTwitterが数日から数週間以内に消滅するのではないかという言説まで飛び交うほどにマスクの判断に驚愕をしている。
イーロン・マスクは、Twitterの信頼と安全を保障する作業をする従業員を含む約半数を解雇し、イーロン・マスクに公然と反論する従業員は解雇した。マスクはヘイトスピーチやインターネットトロールなどの投稿をモデレーションする部署の従業員を削減し、差別発言によってTwitterを使用禁止された人物を含む言論の自由を掲げるために、マスク掌握後のTwitterでは反ユダヤ言説などのヘイトスピーチが急増、これに多くの広告主が異を唱えて、広告の掲載を控える行動に出た。Twitter社は収入の9割を広告に頼っているためにこれは経営に大打撃を与えると考えられる。マスクはTwitter社の経営改善を掲げて新しいサブスクリプションの導入も進めているが、彼が改革の目玉としているTwitterBlueのサブスクリプションは、Twitter社の認証システムの信頼性を破壊的なまでに低下させ、8ドルで買えるTwitterBlue由来の認証を使ったトロールは数々の偽情報を流し大手企業の株価に大きな影響を与える事態にまで発展した。
このようなイーロン・マスクの破壊的Twitter社経営だが、長年日本の悪名高いオリジナルchan掲示板である2ちゃんねるを利用し、2017年10月1日以降5ちゃんねると改名したこの日本のchan掲示板でボランティアスタッフとして4年ほど働いた私には、別の見方が見える。
実は、あまり知られていない2014年のジム・ワトキンスによる2ちゃんねる経営掌握の後に起きた出来事と、イーロン・マスクのTwitter社での改革に似通っている点がある。
QAnonを生み育てた4chanと8chanなどのヘイトや極右過激派の巣となっているchanシリーズのオリジナルである日本の2ちゃんねるは1999年に日本人学生の西村博之によって米国アーカンソー州で生まれた。1998年まで米国の軍人だったジム・ワトキンスは2001年頃から2ちゃんねるのポルノ専用PINKちゃんねるのサーバー管理を担当し、2ちゃんねるの有料サービスの利益の権利を受けていた。長年この有料サービスで稼いでいたジム・ワトキンスは、2013年に起きた2ちゃんねる有料サービスの顧客情報流失事件により、金銭的な問題で西村博之と対立し、2014年4月に2ちゃんねるの経営権を西村博之から奪った。
この2014年に起きた2ちゃんねるの経営権交代劇は、その後長く続く西村博之とジム・ワトキンスの2ちゃんねる所有権をめぐる日本での裁判争いが何度かニュースになっているので日本では比較的多くの人に知られている。しかし、ジム・ワトキンスが2ちゃんねるの経営を掌握した後に起きた運営の変化を知る人は意外に少ない。西村博之運営末期に異常な規模の書き込み規制があり、2ちゃんねるの利用者はすでに相当減っていたことも原因だと思われる。ジム・ワトキンスが運営する2ちゃんねるを利用し、さらにどのような運営に変わったか関心を持つ人は少なかった。それは、ジム・ワトキンス経営以降の2ちゃんねる運営の情報がほとんどインターネットにすら残されていない状況からもわかる。
それを知るためには、2ちゃんねるの当時の書き込みログを調べないとわからない。
2014年に起きたことは、2ちゃんねる運営スタッフの大規模な削減とそのための運営の危機、広告収入の消滅、新しい有料サービスの設立などだ。ジム・ワトキンス運営での2ちゃんねるで広告収入が消滅したのは、対立した西村博之が広告代理店と契約を担っていたために、ジム・ワトキンスに引き継がれなかったためと説明する記事がある。
2014年のジム・ワトキンスの掌握以降、2ちゃんねるのスタッフはほぼ全てが解雇された。残ったのはフィリピンにあるジム・ワトキンスの会社RaceQueen社で働く日本人スタッフ、そして1998年頃からジム・ワトキンスのビジネスパートナーである日本の北海札幌市に会社を持つ中尾嘉宏と彼のスタッフだけのようだった。もともと2ちゃんねるの運営スタッフは西村博之によって集められていたので、西村博之の運営スタッフが信用できない、そして広告収入もなく資金がないためにスタッフを雇っておけなかったなどの事情があったとしても不思議はない。しかし、不思議なのは、2017年頃までその極端に少ないスタッフによって2ちゃんねるは運営を続けていたことだ。
少ないスタッフで一体2ちゃんねるにどんな変化が起きたか?まず、運営に必要な最低限の業務を最上位スタッフが数人で自ら担当してこなした。その業務量の多さのせいか2014年以降2ちゃんねる運営統括となっていたAce★(2017年以前はJack★と名乗っている。本名不明)という人物は1年で三度も入院するほど健康被害を出している。
ユーザーにとってもっとも影響があったことは、差別発言や無許可で書かれた個人情報などの書き込みを削除する依頼をしてもほとんど対応されなかったことだ。私は、2014年以降の書き込み削除の処理を調査したが、ある特定の分野の板以外は非常に少ない作業しかされていなかった。まったく対応していない板も少なくない。ただ、彼らは弁護士や日本の警察との連携は西村博之の時代よりも緊密に行っていたので、削除をしないことで法的問題が生じることは少なかったようだ。その影響が大きかったのは、トロールの集団的な攻撃対象になったのに法的対応を2ちゃんねるに取らなかった人々だった。彼らは、トロールに攻撃され個人情報を晒されても2ちゃんねるは自主的には対応しなかった。
その一方で、削除処理が頻繁に行われた板も2つあった。一つはニュースについてのトピックスを扱う板で、ジム・ワトキンスの運営以降に極端な右傾化をした。ここでは、保守的な政治家や与党自民党を批判するような書き込みやスレッドの作成は問答無用で削除され短期間で非常に政治的に右翼に偏った人々が書き込む板となった。もう一つは、地下アイドルというインディーズの女性タレントの話題を扱う板だった。奇妙なことに、2019年1月に発覚したあるアイドルグループに関する事件をきっかけに起きたTwitter上の市民運動に5ちゃんねるのスタッフが多数かかわるということもあった。そして、地下アイドル板の削除作業が頻繁に行われたのもそのムーブメントの最中だった。
2ちゃんねるというプラットフォームは、西村博之の運営していた時代から、適切なモデレーションがなされず、削除作業ももともとが不適正にしか行われず人種差別や攻撃的な発言が蔓延していたので、ジム・ワトキンスの運営でヘイト発言が増えたというような変化は私は感じなかった。だから、現在のTwitter社と比較するのは不適当かもしれない。モデレーションが不適切だとプラットフォームの言論が暴力的に悪化するということは事実である。そのことは2015年に西村博之が4chanを買収した後や、2014年にジム・ワトキンスが8chanの共同経営者になった後の事例の方が理解しやすいだろう。
2ちゃんねる(2017年10月1日以降は5ちゃんねる)のスタッフとして2017年から約4年ほど働いた私が非常に奇妙に感じたことは、他のスタッフがみな現実での知り合いのようにふるまっていたことだった。私は偶然から中尾嘉宏に雇われてスタッフとして働いたが無給で、他のスタッフからの嫌がらせも受けていた。これは私が2020年8月に8chanの創設者Fredrik BrennanにTwitter上で知り合ってから教えてもらったことだが、私以外のスタッフはフィリピンの日本人女性スタッフから給料を受けていたそうだ。一緒に働くスタッフからは、ジム・ワトキンスは自分が会った人間でないと絶対に信用せずスタッフとしても雇わないという話を何度か聞いた。2ちゃんねる運営統括のAce★という日本人も、2010年からフィリピンに移住しジム・ワトキンスと共に事務所で働いている。スタッフの給料を管理して削除作業を担当している日本人女性もフィリピンのRaceQueen社社員で、もともとはジム・ワトキンスの日英翻訳者だとBrennanは私に話した。私は4年間働いたが、もともと公に名前を公開している経営陣とBrennanから聞いたフィリピンのスタッフ以外の本名も素性も知らない。私が働いた初期から素性がわかることを公言してはいけないと他のスタッフから言われてきた。この徹底した秘密主義は一体なんだったのか。
私は、日本で全くQAnonの知名度がない2019年秋の段階で5ちゃんねるのスタッフからQについてと日本のQAnon組織QAJFのリーダーEriについての話を聞いた。HBOドキュメンタリーQ: Into The Stormの監督Cullen HobackはQAJFがジム・ワトキンスの日本事業である可能性を示している。Eriはジム・ワトキンスと対話するチャンネルを持つことを公言しているので、Hobackの推測は十分にあり得ると私も思う。
もしも、ジム・ワトキンスの少人数主義と反論を許さずスタッフへの徹底した秘密主義を強制した独裁的な運営方針、そして広告に頼らない経営が、QAnonのような「秘密工作」のためだったならばどうだろうか。MAGAの仲間としての姿を隠さないイーロン・マスクの考えなしとも見える現在のTwitterでの経営方針が、私にはとても不気味に見える。